「死ぬときに後悔したくない」を真剣に考えた結果、会社を辞めて海外逃亡することにした

2024.02.06

来年の夏、会社を辞めることにした。2017年の11月から勤務しているので、6年8ヵ月でピリオドを打つことになる。

どの会社にも1人はいると思うのだが、定期的に「もう辞める!」と言いながら、なかなか辞めない、通称「辞める辞める詐欺」をする社員。それが私だった。言っている時は本当に辞めてやると思って言っているのだが、いつも上司や同僚に宥められて働き続けていた。

しかし今回は、本当に退職する。理由は大きく分けて2つ。「会社の人事が合わなくなった」と「死ぬ間際に『あれやりたかったな』と思うことを潰していきたい」である。

中学生の頃から、なぜか、自分が死ぬときのことを考えていた。中学生の私が思っていたのは「病院のベッドで自分の子どもと孫に囲まれながら死にたい」だった。「病院」という時点で何かしらの病気にかからなければいけない想定になってしまっているのだが、この理想は今もあまり変わっていない。

最近はそこに「死ぬ間際に感じる後悔を少なくしたい」が加わった。最近、本や Youtubeで 「人間が死ぬときに後悔するのは、やった後悔じゃなくて、やらなかった後悔」という言葉を見聞きすることが多い。それを自分に置き換え、私が死ぬまでにやりたいことってなんだろうと考えるようになった。「結婚」「出産」「育児」……、いつかはしたいと思っているが、相手探しから始めないといけない現状に加え、仮に相手がいたとしても、自分のペースだけで遂行できるものではない。

今の仕事は、楽しいことが以前に比べて減ってきた。会社の方針や人事が、私にとっては改悪されているように感じていた。人の入れ替わりも激しく、私と同じく「中堅」と呼ばれる層がごっそり消えた。ごっそり消えた人のほとんどは、私と近しい年齢で、社歴も同じくらいだった。少しずつ「羨ましいな」という思いが強くなっていった。

そんな最中、コロナ禍で付き合い始め、数ヵ月で別れた元彼と再会した。普通に近況報告や、付き合っていた当時に「実はこう思っていた」のような暴露話をしていたのだが、ふいに「そういや、なんで海外行かへんの?」と聞いてきた。

今年32歳になる私は、20代後半でワーホリに行きたいという、小さな夢があった。元彼とは一応、結婚前提に付き合ったのだが、ワーホリの夢は諦めきれないと思った私は、告白されて家まで送ってもらっている車内で「ワーホリに行きたいから結婚は帰国後にしてほしい」とお願いをしていた。その数ヵ月後に振られたので、そんなお願いはどうでもよくなってしまったし、その時はコロナ元年でビザの発給もストップしていたので、行きたくても行けなかった。発給されていたとしても、あの情勢の中、海外に飛び立つ勇気は私にはなかった。

なかなか落ち着かない情勢を理由に、私はその小さな夢に蓋をした。そして蓋をしたことを忘れていたところ、元彼に「行った方がいい」と言われた。

元彼と付き合っていた当時、私は現地の学校探しや英語の勉強に明け暮れていた。法人向けの営業担当だった私はコロナの影響で出張が減り、担当の取引先も通常営業に戻っているところが少なく、業務量も減った。それで余った時間を、自分のための時間に使っていた。終業後のオンライン英会話は日常になっていた。

当時の頑張っていた私を、元彼はなぜか鮮明に覚えていた。それゆえ、私に「諦めずに、後悔しないように、やりたいことはやってほしい」と言ってくれたのだ。

元彼にそういう話をされて数週間、私は自分の人生について、よく考えた。その時の基準となったのは、やはり「死ぬときに後悔するか、しないか」だった。
たぶん、私は今の会社で働き続けても、それなりには楽しいと思う。仲の良い同僚はいるし、可愛がってくれる先輩や上司もいる。給料も、めちゃくちゃ良くもないが、めちゃくちゃ悪くもない。
でも「死ぬとき」に何を思うか考えたら、今の会社で働き続けることに「本当にそれでいい のか?」と思った。私には、他にもやってみたいことがたくさんある。そのうちの1つが「海外に行きたい」だ。本当に行かなくても、本当に後悔しないのか?

いや、する。絶対する。「ああ、あの時、会社を辞めてでも行けば良かったなぁ」って絶対思う。ワーホリは30歳までという規定があるので、もう私はワーホリビザを使って渡航することはできないが、学生ビザを取って学校に通うだけでも十分だし、やりたい。
私は3年前に蓋をした小さい夢を現実にすべく、体験談やビザ発給について、現地の学校探し、英語の学び直しを再開した。

かと言って、いくら「辞める辞める詐欺」常習犯の私でも、思い立ってすぐに「辞めます!」と言って会社を去れるほど薄情な人間ではない。本当に辞めるのか、休職させてもらえるならそれを使って、帰国次第、今の会社に復職しようか。それとも、今、産休を取っている先輩がいるから、その人が戻ってくるタイミングに合わせて出国しようか……。

定期的に辞めたいと言い続けていた私であったが、もともと会社のことは好きだったし、いろいろなことを経験させてもらった恩も感じていた。だから、できるだけ迷惑にならない形とタイミングで去りたかった。

ところが、私のチームに、とんでもなく私と合わない人材を投入された。言ったこともやらない、口だけお調子者、気が利かない、とにかくすべてにおいてルーズ。「なんで会社はこいつのこと雇ったんだ……?」と、むしろ会社に対して、不信感のようなものが大きくなった。私がいくら、そいつの業務態度の悪さを訴えても、会社はそれを「意見」ではなく、私の「わがまま」としか聞いてくれなかった。結果、会社は試用期間中に奴を切ることもなく、正社員として雇用した。退職しようかどうかの悩みに、会社からトドメを刺されたような気がした。

私の下した決断は「こいつと一緒に今後ずっと働き続けるとか無理」だった。そして今回は、詐欺ではなく本当に辞めることにした。引き留められたし、海外に行くことは伝えていたので、休職して戻ってきてほしいとも言われた。今までは自己肯定感の低さからか「自分を必要としてくれるなんて……」と、引き留められればその気になってしまい、働き続けていたのだが(ゆえの詐欺常習犯である)、今回はどうしても無理だった。それに、海外に行けるタイミングは、きっとこれを逃したらもうない、という直感が、なんとなくあった。

退職時期が決まったといっても、約1年後である。それまでは引き続き働き続けるが、できるだけお金に余裕を持って渡航したい私は、副業を始めた。体力的にきついと感じることもあるが、給与が振り込まれた通帳を見るたびにニヤニヤが止まらない。

「自分の人生、これでいいのかな?」と思う人は、それなりに多いと思う。
「別に今は楽しいから、このままでもいっか!」と思う人も、それなりにいると思う。

でも、少しでも自分の人生について、モヤっと感じるのであれば、視点を少し変えてみてほしい。
「今は」それでいいのか、「死ぬ間際に自分の人生を振り返ったときにも」それでいいと思えるのか。

それだけで、自分の人生を少しだけ、満足できる方向に進められると思うのだ。

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// WRITER'S PROFILE //

AYAKA KAWABATA

川端彩香。関西出身。一番やりたくなかった営業職として約9年働く。元カレに振られたことから自分磨きに勤しみ、その一環でライターに興味を持つ。将来は文章を生業にして生きたい。好きな作家は森見登美彦と有川ひろ。凹んだ時は女芸人のエッセイ。2024年にデンマークへ逃亡予定。

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